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LCAは何故必要になったか
私たちは家電や日用品、食料などの製品を購入したり、その提供サービスを受けます。そして多くの企業がそのサービスを与えたり、製品を作ったりする行為に携わっています。これらの行為は社会的便益の授受と呼ばれます。多くの場合、社会的便益の授受にはお金のやり取りが含まれますので、単純には「経済行為」として理解されます。経済行為とは製品を作ったり買ったり、サービスを提供したり受けたりすることです。
そのそれぞれが行う経済行為が地球環境にどのくらいの影響を与えているのかを把握しておかねばならない時代になってきました。つい前世紀の半ばまでは、私たち人類は限りない成長と無限の可能性を信じて活動していたので、経済行為が資源や地球環境に及ぼす影響など考えなくても発展はできると考えていました。しかし、「成長の限界」「オンリー・ワン・アース」や「プラネット・パウンダーリー」などの言葉がでてきて、さらに私たちの発展を支えてきた化石エネルギーが地球の気候にまで影響を及ぼし、その対策に全力を払わねばならない段階にまで来ていることを知るなど、経済行為の資源や地球環境への影響をきちんと把握し、その結果を経済行為そのものに反映しなければならない時代に入ったのです。
2. LCAと他の環境影響評価の違い
LCA(Life-Cycle Assessment)は、製品やサービスなどの経済行為が地球環境に及ぼす影響を数字として(「定量的に」といいます)表す手法として、世界の各国が国際標準として認めた手法です。地球環境に及ぼす影響は極めて多岐にわたってかつ複雑に絡み合っています。これまでもそれぞれの分野で様々な環境影響評価の手法が開発されています。で、そのなかでなぜLCAが国際標準化されたかというと、三つの大きな特徴があります。それは「定量性」と「非任意性」そして「発生端視点」です。ちょっと細かい話に見えますが、LCAの取り組みにくい面倒な手続きは、この3つの特長ゆえに起きているともいえるので、触れさせてください。
①定量性 数値化してわかりやすい
LCAの特長はライフサイクルでのGHG発生量○○gなどと数字でで来るところにあります。さらに水質汚濁物質○○gとか、いろいろな環境負荷要素を出してまとめる(「特性値化」といいます)ことや、全体を単一のパラメータで表す「統合化」なども行われますが、例えばCO2発生だけをライフサイクルで見るとしても、ライフサイクルCO2○○gと数値化されるところに大きな特徴があります。本来、環境への影響は複雑で相互連関しているためにそれぞれの結果が比較可能にもなる数値化は簡単にはできないはずなのに、それを割り切って数値にしてしまうところがLCAの大きな特徴の一つです。
それは、LCAの結果を「経済行為」に結び付けて、地球環境への影響を減らす、という目的があるからです。経済には「お金」という定量的な要素があり、それを活用することで経済は動いている定量性を持ったシステムの典型的なものです。LCAはそのような経済を意識しているからこそ、数値化した答えを求めるわけです。
②非任意性 環境の専門家でなくても取り組める
非任意性とは「だれがやっても同じ結果が得られる」ということです。わかりやすいように、逆を考えましょう。同じ製品を作っているA社とB社があって環境負荷を考えるのにA社は大気汚染の専門家に見てもらい、B社は資源の専門家に見てもらってその負荷の程度をまとめたとしましょう。これでA社とB社の製品の環境負荷の程度を論じることができるでしょうか、もちろんそれぞれの分野では専門家を呼んでいるので精密な結果にはなっているとは思われますが、環境負荷を見積もる専門家によって結果が違っていたのではそれを総合化して先述したような定量性を持たせるのは難しくなります。また生産の多くを占めている中小企業が限られた環境の専門家に頼むのも大変です。
つまり、環境の専門家でない人が行っても同じ対象なら同じ結果になる評価方法が必要になってきます。もちろん環境への影響は厳密にはその分野の専門家の方が精密に環境影響を論じることができます。しかし環境影響は多様な分野の結びつきで、そこに着眼点への任意性が環境のプロのこだわりとして出てきます。LCAはそのような環境のプロでない、製品管理や設計、物流ロジスティックなどをやっていた人でも、LCAどうしなら同等に議論できる結果が出せる方法として作り上げられたものです。
③発生端視点 排出者の視点で整理する
環境問題は、本来、その環境からの恵みを受ける立場から、それがいかに損なわれているかを問題にしていきます。例えば、大気汚染があったら、そのモニタリングから始まり、どのように大気中の拡散が起きているかなどが調べられ、問題になります。このように環境を享受する立場で何が損なわれているかをエンドポイントといいます。本当はそこまで問題にしたいのですが、そうすると①や②の問題が出てきます。そこで、エンドポイントに行く途中で環境影響を評価するという手法を取ります。それを途中という意味で、ミッドポイント分析と言います。
そのミッドポイントとは何かですが、そのために「環境ストレス因子」というものを考えます。つまり、エンドポイントで環境に影響を与えている原因物質です。複雑なエンドポイントでの環境への影響を、「環境ストレス因子」を排出したところで押さえる、これがミッドポイントです。このミッドポイントのデータとなるのは、それぞれの経済行為で排出されている環境ストレス因子です。「環境ストレス因子をあげつらう作業(inventory)」を行うことで、環境への影響を把握したとして取り扱う。ここにLCAの3つ目の特長があり、それによって①の定量性や②の非任意性も確保でき、誰もが自らの環境影響を把握できるようになったのです。
3. LCAとは何か
LCAは「経済活動にかかわる環境ストレス因子を計上して環境影響を定量的に表すことに特徴がある」、ということをこれまで述べましたが、それだけではLCAにはなりません。例えば、自社のCO2排出をレポートすることは環境負荷を定量的に表現していますが、それだけではLCAにはなりません。LCAのLife-cycleとは何かがLCAの本質になります。
多くのLCAの入門書は、このライフサイクルとは何かから入りますが、「言われてみれば当たり前のことだが、やるとなると雲をつかむような話」という風になってしまいがちです。そこで、ライフサイクルの一般的説明は他の入門書を読んでもらうとして、実践的にライフサイクルをどうとらえるかを段階を追ってみていきましょう。
次の図は、現在気候危機に対してのカーボンニュートラルへの取り組みでのCO2排出量の管理でよく用いられる、scope1,scope2,scope3の関係です。これが、これまでの環境ストレス因子の計上(カーボンニュートラルに向けた取り組みではCO2排出量報告)と「ライフサイクル」がついて場合との違いを理解しやすいと思われます。
scope1 : 直接排出
事業所などの経済行為に伴って直接排出される環境負荷(カーボンニュートラルではGHG)です。重油の燃焼や天然ガス、ガソリンの使用など、もし事業所をすっぽりと袋で覆ったら、その袋の中に排出される環境負荷です。
scope2: 間接排出+直接排出
事業所で電気を使った場合、電力を生み出している時に出る環境負荷はscope1の直接排出ではその中に含まれませんが、事業所が必要としているエネルギーを電力として得ているわけですから、その環境負荷は事業所の必要によって生じたものなのでそこまでカウントしなければいけない、というのがscope2の考え方です現在の多くの環境報告は電力の発生原単位の数値を使って、scope2の観点でなされているものが多いといえます。
scope3 サプライチェーン排出
電力が間接排出として含まれるのなら、仕入れた原材料も自らの経済活動のために必要としているものですから、その製造時の環境負荷発生にも自らの経済活動は関係しているわけです。となると、その原材料の仕入れも、とどんどんつながっていくと資源採取からの一連のつながり、つまりサプライチェーンになります。さらに作った製品を貯蔵したり輸送したりして消費者に届ける、そちらにもサプライチェーンができています。このサプライチェーン全体は、自らの経済行為が社会に影響しひいては環境影響につながるものとして、サプライチェーン全体を通じた排出を報告する、これがscope3になります。そしてそのサプライチェーンを通じてみることがライフサイクル思考と呼ばれ、そのライフサイクル思考で評価することがLCAです。
4. なぜLCAと呼ぶか
scope3の例でみるように、LCAというよりサプライチェーン環境評価と言った方が経済活動に携わる人にはわかりやすいと思います。それを何故ライフサイクルと呼ぶか、それには地球環境と経済の関係についての基本的な理解がかかわってきます。
上の図は、環境、社会、経済の関係を表したものです。私たちの社会は環境の中にあり、その社会の中で経済は動いて社会に対して便益を与えています。その便益を与える行為は、「ソリューション」と呼ばれて一般に製品とサービスを組み合わせたものです。このソリューションを支える製品は、地球環境から資源を得て経済活動の中に取り込み、それをコンポーネント(なんらかの機能を持った素材)に、製品へと加工し、使用されることで社会に便益を与えながら、その使用後処理で一部は経済の中で循環されながらも、地球環境に廃棄物として戻されます。地球環境から資源として生み出され、地球環境に廃棄物として戻される、これがその製品の生涯(ライフサイクル)というとらえ方です。地球環境から生み出され地球環境に戻るまでの生涯をきちんと管理しよう、そのような視点からライフサイクル評価、ライフサイクル思考と呼ばれるようになったのです。
この文の最後にようやくLCAらしい図を出しておきましょう。これは既存の鯖缶のLCAをもとにわかりやすくLCAの例を紹介したものです。
缶製造だけなら缶詰一個当たり38.5gのCO2ですが、ライフサイクル全体を見ると288gのCO2になります。しかし、缶詰を製造している人が、漁獲の燃料や漁網まで調べるというのは大変ですね。それをどのように進めていくかをこのホームページでは述べていく予定です。